環境基本法第15条に基づいて、国全体の環境の保全に関する総合的かつ長期的な施策の大綱を規定した「環境基本計画」が策定されています。第一次環境基本計画は1994年12月16日に閣議決定し、計画はその後約6年毎に見直され、毎回のフォローアップを経て2018年4月17日に第五次環境基本計画が閣議決定されました。その最新となる第五次環境基本計画概の概要と、これまでに定められた計画の変遷を紹介します。
1.第五次環境基本計画の概要
(1)我が国が抱える環境・経済・社会の課題や国際的な潮流の認識
①環境、経済、社会の課題が相互に連関・複雑化
環境の課題は、温室効果ガスの大幅排出削減、資源の有効利用、森林・里地里山の荒廃、野生鳥獣被害、生物多様性の保全など
経済の課題は、地域経済の疲弊、新興国との国際競争、AI、IoTなどの技術革新への対応など
社会の課題は、少子高齢化・人口減少、働き方改革、大規模災害への備えなど
②SDGs、パリ協定などの持続可能な社会に向けた国際的な潮流
2015年9月「持続可能な開発のための2030アジェンダ」採択による複数の課題の統合的解決を目指すSDGsや、2015年12月「パリ協定」採択による2℃目標達成のために21世紀後半には温室効果ガス排出の実質ゼロを目指すなど時代の転換点を向え、新たな文明社会を目指して大きく考え方を転換(パラダイムシフト)していくことが必要。
(2)今後の環境政策の展開の目指すべき社会の姿
①「地域循環共生圏」の創造
地域資源を活かして自立・分散型の社会を形成、地域の特性に応じて補完し、支え合うなど各地域がその特性を活かした強みを発揮する。
②「世界の範となる日本」の確立
公害を克服してきた歴史、優れた環境技術の保有、「もったいない」など循環の精神や自然と共生する伝統など、我が国だからこそできることがある。
③「環境・生命文明社会」の実現
これらによる持続可能な循環共生型社会の実現。
(3)計画のアプローチ
①SDGsの考え方も活用し、環境・経済・社会の統合的向上を具体化
環境政策を契機に、経済社会システム、ライフスタイル、技術などあらゆる観点からイノベーションを創出や、経済、地域、国際などに関する諸課題の同時解決に取り組む。また、将来にわたって質の高い生活をもたらす「新たな成長」につなげていく。
②地域資源を持続可能な形で最大限活用し、経済・社会活動をも向上
地方部の維持・発展にもフォーカスし、環境で地方を元気にする。
③より幅広い関係者と連携
幅広い関係者とのパートナーシップを充実・強化する。
(4)分野横断的な6つの重点的な戦略の設定
分野横断的な経済、国土、地域、暮らし、技術、国際の6つの「重点戦略」を設定して、パートナーシップの下、環境・経済・社会の統合的向上を具体化し、経済社会システム、ライフスタイル、技術等あらゆる観点からイノベーションを創出する。
①持続可能な生産と消費を実現するグリーンな経済システムの構築
○持続可能な生産と消費のパターンを確保するため、経済社会システムのイノベーションを実現し、資源生産性や炭素生産性の向上を目指す。
○再生可能エネルギーや省エネルギーは、地球温暖化対策の柱であると同時に、エネルギー安全保障や産業競争力の強化にも寄与。
○金融・税制を活用して経済システムのグリーン化を進めていく。
ア.企業戦略における環境ビジネスの拡大・環境配慮の主流化
○環境ビジネスの拡大
・環境ビジネスの市場規模の把握、優良事例の水平展開
○バリューチェーン全体での環境経営の促進
・企業別中長期削減目標の策定、バリューチェーン排出量の算定・削減の取組の促進、環境マネジメントシステムの導入促進
○サービサイジング、シェアリング・エコノミー
・新たなビジネス形態の低炭素化、省資源への貢献の見える化
○グリーン購入・環境配慮契約
○グリーン製品・サービス・環境インフラの輸出促進
・二国間政策対話、地域内フォーラム等の活用など
イ.国内資源の最大限の活用による国際収支の改善・産業競争力の強化
○徹底した省エネルギーの推進
・温対法の地方公共団体実行計画、省エネ法
○再生可能エネルギーの最大限の導入
・送電網の広域運用、自立分散型の再生可能エネルギー導入
○水素利用の拡大
・定置用燃料電池、燃料電池自動車の技術開発・普及促進、CO2フリー水素の技術開発・実証
○バイオマス利活用
・木質バイオマスやバイオガスの活用による発電・熱利用の拡大
○循環資源の利活用、都市鉱山
・小型家電リサイクルの推進
ウ.金融を通じたグリーンな経済システムの構築
○ESG投資の普及・拡大
・環境情報に基づく投資家と企業の対話を活性化するプラットフォームの整備など
○グリーンプロジェクトへの投融資の促進
・低炭素化プロジェクトへの支援、グリーンボンドの発行・投資支援
エ.グリーンな経済システムの基盤となる税制
○税制全体のグリーン化の推進
②国土のストックとしての価値の向上
○環境に配慮するとともに、経済・社会的な課題にも対応するような国土づくりを行う。
○都市のコンパクト化やストックの適切な維持管理・有効活用による持続可能で魅力あるまちづくりを推進する。
○自然環境が有する多様な機能を有効に活用した防災・減災力の強化等、環境インフラやグリーンインフラ等を活用し、強靱性(レジリエンス)を向上させる。
ア.自然との共生を軸とした国土の多様性の維持
○自然資本の維持・充実・活用
・ストックとしての自然資本の持続可能な利用の推進、環境に配慮するとともに経済・社会的な課題にも対応する国土利用の推進
○森林環境税の活用も含めた森林の整備・保全
・多様で健全な森林づくり
○生態系ネットワークの構築
○海洋ごみ対策等の海洋環境の保全
○健全な水循環の維持又は回復
○人口減少下における土地の適切な管理と自然環境を保全・再生・活用する国土利用
○侵略的外来生物への対策
イ.持続可能で魅力あるまちづくり・地域づくり
○コンパクトで身近な自然のある都市空間の実現
・コンパクトシティの形成
○「小さな拠点」の形成
・「集落生活圏」の維持、地域資源を活用した再生可能エネルギーの導入支援
○交通網の維持・活用など
・複数の公共交通機関の事業者間の連携、自転車の利用促進
○ストックの適切な維持管理・有効活用
・既存のインフラにおける長寿命化、防災機能の向上、省エネルギー化の推進等のストックの価値向上
ウ.環境インフラやグリーンインフラ等を活用したレジリエンスの向上
○グリーンインフラやEco-DRRの推進
・生態系を活用した防災・減災
○気候変動の影響への適応の推進
・農業や防災など、各分野における適応の推進など
○平時から事故・災害時まで一貫した安全の確保
・廃棄物処理システムの強靱化、国土強靱化と低炭素化で整合的な取組を推進
③地域資源を活用した持続可能な地域づくり
○地域資源の質を向上させ、地域における自然資本、人工資本、人的資本を持続可能な形で最大限活用する。
○循環資源や再生可能資源の活用により地域循環共生圏の主要な部分の形成に貢献する。
ア.地域のエネルギー・バイオマス資源の最大限の活用
○地域資源を活用した再生可能エネルギーの導入
・地域のエネルギー収支の改善、災害時のレジリエンスの向上
○地域新電力の推進
○営農型太陽光発電の推進
○未利用系バイオマス資源を活用した地域づくり
・木質バイオマス資源を自立分散型エネルギーとして活用
○廃棄物系バイオマスの活用をはじめとした地域における資源循環・リユース、リサイクルなどの循環資源、再生可能資源を地域で循環利用
イ.地域の自然資源・観光資源の最大限の活用
○国立公園等を軸とした地方創生
・世界水準の「ナショナルパーク」としてブランド化、地域経済の活性化と自然環境保全の好循環の創出
○エコツーリズムなど各種ツーリズムの推進
・地域固有の自然資源などを活かした持続的な地域づくりの推進、グリーンツーリズムやブルーツーリズム等の取組の推進
○自然に育まれた多様な文化的資源の活用
・地域の自然に根ざした風土、地域固有の多様な歴史や文化の継承・活用
○環境保全や持続可能性に着目した地域産業の付加価値向上
・自然資本を活用した6次産業化の促進
○抜本的な鳥獣捕獲強化対策
・捕獲従事者の育成・確保、獣種の特性に応じた捕獲対策の推進
ウ.都市と農山漁村の共生・対流と広域的なネットワークづくり
○森・里・川・海をつなぎ、支える取組
・森・里・川・海の地域資源の持続的な活用
○都市と農山漁村の共生・対流
・都市と農山漁村の相互貢献による
○人づくりによる地域づくり
・多様なステークホルダーとの連携を図りながら、持続可能な地域づくりを担う人づくりを行う。
○地域における環境金融の拡大
・地域金融機関等における環境金融に係る理解の促進
④健康で心豊かな暮らしの実現
○ライフスタイルのイノベーションを創出し、環境にやさしく、健康で質の高いライフスタイル・ワークスタイルへの転換を図る。
○森・里・川・海などの自然の価値を再認識し、人と自然、人と人のつながりを再構築する。
○人々の健康と心豊かな暮らしを脅かす環境リスクを評価し、予防的取組を推進する。
ア.環境にやさしく健康で質の高い生活への転換
○持続可能なライフスタイルと消費への転換
・人・社会・環境に配慮した消費行動の促進など
○食品ロスの削減
・食品ロス削減に関する目標の設定、食品ロスの発生量の把握等の推進など
○低炭素で健康な住まい
・ZEHの普及の推進、高齢者向け住宅等の高断熱・高気密化の推進など
○徒歩・自転車移動等による健康寿命の延伸
・温室効果ガスの削減、健康増進や混雑緩和への貢献など
○テレワークなど働き方改革などの推進
・通勤交通に伴うCO2排出や紙の使用量の削減、環境面における効果の「見える化」など
イ.森・里・川・海とつながるライフスタイルの変革
○自然体験活動、農山漁村体験等の推進
・自然体験のための社会的なシステムを構築など
○森・里・川・海の管理に貢献する地方移住、二地域居住等の促進
・二地域生活・二地域居住や地方移住に必要となる一元的な情報提供や相談支援の充実の推進など
○新たな木材需要の創出及び消費者等の理解の醸成の推進
・CLTなど木材の利用拡大、「木づかい運動」や「木育」の推進など
ウ.安全・安心な暮らしの基盤となる良好な生活環境の保全
○健全で豊かな水環境の維持・回復
・生物の生息・生育環境の評価、維持・回復など
○国内外の総合的な対策など
○廃棄物の適正処理の推進
・廃棄物処理施設の高度化、広域化・集約化、長寿命化、排出事業者責任の徹底、高齢化社会対応など
○化学物質のライフサイクル全体での包括的管理
・化学物質の適正な利用の推進など
○マイクロプラスチックを含む海洋ごみ対策の推進
・実態把握調査、回収処理・発生抑制対策、国際連携の推進など
○ヒートアイランド対策
⑤持続可能性を支える技術の開発・普及
○我が国の課題の解決にも資する環境技術の開発・普及を推進。
○人工知能等のICTも活用しつつ、Society 5.0の実現を目指す。
○課題解決先進国として、優れた環境技術で世界の環境問題の改善にも貢献。
ア.持続可能な社会の実現を支える最先端技術開発
〇エネルギー利用の効率化とエネルギーの安定的な確保
・省エネ技術(窒化ガリウムデバイスなど)
・再エネの高効率・低コスト化
・福島イノベーション・コースト構想・脱炭素化を牽引(再エネ由来水素、浮体式洋上風力など)
○気候変動への対応
・二酸化炭素を分離・固定化・有効利用する技術等の温室効果ガスの抜本削減に資する技術
○資源の安定的な確保と循環的な利用
・省資源化技術、より安全な代替素材技術
○AI、IoT等のICTの活用
・AIなどの活用による生産最適化
○新たな技術の活用による「物流革命」など
・自動運転、ドローンの活用による物流全体の低炭素化
イ.生物・自然の摂理を応用する技術の開発
○バイオマスからの高付加価値な化成品の生産
・セルロースナノファイバー、バイオマスプラスチックなど、バイオマス由来の化成品創出
○革新的なバイオ技術の強化・活用
・ICTとの融合により潜在的な生物機能を最大限活用
○自然の摂理により近い技術の活用
・生物の優れた機能などを模倣する技術(バイオミメティクス)などを活用した低環境負荷技術
○生物多様性の保全・回復
・生態系サービス等の持続可能な管理・利用技術
○生態系を活用した防災・減災等
・工法、維持管理手法、機能評価手法の確立
ウ.技術の早期の社会実装の推進
○標準化推進や規制の合理化等による普及・展開の加速
・技術を社会実装し、普及・展開を加速するため、標準化推進や規制の合理化等を政府一丸となって推進
○技術の評価・実証に関する支援など
⑥国際貢献による我が国のリーダーシップの発揮と戦略的パートナーシップの構築
○国際的なルール作りへの積極的関与・貢献と、途上国における持続可能な社会の構築を支援。
○国内で実現した地域循環共生圏のモデルをパッケージとして世界に展開し、持続可能な地域づくりに貢献する。
ア.国際的なルール作りへの積極的関与・貢献
○国際的なルール作りの議論への積極的関与
・国際交渉に積極参加
・我が国の強みを活かせるルールの構築を目指し、国際的な合意形成に貢献
○国際的なルールの基盤となる科学的知見の充実
・積極的提供
・IPCC、IPBES等に対するインプット・支援、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」シリーズによる継続的な観測体制の確立を通じた科学的知見の充実・積極的提供
イ.海外における持続可能な社会の構築支援
○我が国の優れたインフラの輸出
・JCM等の活用による環境インフラの輸出
○途上国の緩和策の支援
・制度・技術・資金のパッケージ化を通じて基盤整備を行う。
○途上国における適応支援、我が国の優良事例の国際展開
・「SATOYAMAイニシアティブ」の推進
○途上国における制度構築・能力開発支援、意識啓発
・途上国と協働してイノベーションを創出
(5)重点戦略を支える環境政策
環境リスク管理などの環境保全の取り組みは、「重点を支える環境政策」として揺るぎなく着実に推進する。
①気候変動対策
パリ協定を踏まえ、地球温暖化対策計画に掲げられた各種施策等を実施
長期大幅削減に向けた火力発電(石炭火力等)を含む電力部門の低炭素化を推進
気候変動の影響への適応計画に掲げられた各種施策を実施
②循環型社会の形成
循環型社会形成推進基本計画に掲げられた各種施策を実施
③生物多様性の確保・自然共生
生物多様性国家戦略2012-2020に掲げられた各種施策を実施
④環境リスクの管理
水・大気・土壌の環境保全、化学物質管理、環境保健対策
⑤基盤となる施策
環境影響評価、環境研究・技術開発、環境教育・環境学習、環境情報
⑥東日本大震災からの復興・創生及び今後の大規模災害発災時の対応
中間貯蔵施設の整備等、帰還困難区域における特定復興再生拠点の整備
放射線に係る住民の健康管理・健康不安対策、資源循環を通じた被災地の復興
災害廃棄物の処理、被災地の環境保全対策など
2.これまでの環境基本計画の変遷
<第一次環境基本計画(1994年、平成6年)>
〇長期的な目標を「循環」、「共生」、「参加」及び「国際的取組」とした施策の展開
〇循環社会システム実現の環境施策は、①大気環境保全、②水環境保全、③土壌環境・地盤環境保全、④廃棄物・リサイクル対策、⑤化学物質対策
〇自然と人間の共生の環境施策は、①自然と人間の共生、②生物の多様性の確保、③恵み豊かな環境の確保
〇参加の実現の環境施策は、①自主的積極的行動の推進、②環境保全取組の率先実行など
〇国際的取組の環境施策は、①国際協力の推進、②国際的な連携など
<第二次環境基本計画(2000年、平成12年)>
〇長期的な目標は、「循環」、「共生」、「参加」及び「国際的取組」を継続
〇戦略プログラムは、①地球温暖化対策、②物質循環の確保、③環境負荷の少ない交通対策、④水循環の確保、⑤化学物質対策、⑥生物多様性保全、⑦環境教育・環境学習、⑧環境配慮のための仕組み構築、⑨環境投資、⑩地域づくり、⑪国際的寄与・参加の11の分野
〇環境政策の指針は、「汚染者負担の原則」、「環境効率性」、「予防的な方策」及び「環境リスク」
〇あらゆる場面への環境配慮の織り込み
<第三次環境基本計画(2006年、平成18年)>
-環境から拓く新たなゆたかさへの道-
〇環境政策の展開の方向は、「環境・経済・社会の統合的な向上」
〇環境政策プログラムは、①地球温暖化対策、②物質循環の確保、③大気環境の確保、④水循環の確保、⑤化学物質対策、⑥生物多様性保全、⑦市場での環境の価値、⑧環境保全の人づくり・地域づくり、⑨化学技術・環境情報・政策手法などの基盤整備、⑩国際的取組の11の分野
〇2050年を見据えた超長期ビジョンの策定を提示
〇可能な限り定量的な目標・指標による進行管理
〇市民、企業など各主体へのメッセージの明確化
<第四次環境基本計画(2012年、平成24年)>
〇目指すべき持続可能な社会の姿は、①低炭素・循環・自然共生の各分野を統合的に達成と、②その基盤として「安全」を確保
〇持続可能な社会を実現する上で重視すべき方向は、①環境・経済・社会・環境政策分野間の連携、②国際情勢に対応した戦略的取組、③国土・自然の維持・形成、②多様な主体行動と参画・協働の推進
〇優先的な重点分野は、①経済・社会のグリーン化、②国際情勢に対応した戦略的取組、③持続可能な社会の実現、④地球温暖化への取組、⑤生物多様性の保全、⑥物質循環の確保、⑦無図環境保全、⑧大気環境保全、⑨包括的な化学物質対策の9つ
〇震災復興、放射性物質による環境汚染対策
<第五次環境基本計画(2018年、平成30年)>
〇今後の環境政策の展開の目指すべき社会の姿は、①「地域循環共生圏」の創造、②「世界の範となる日本」の確立、③「環境・生命文明社会」の実現
〇重点的な戦略は、①持続可能な生産と消費を実現するグリーンな経済システムの構築、②国土のストックとしての価値の向上、③地域資源を活用した持続可能な地域づくり、④健康で心豊かな暮らしの実現、⑤持続可能性を支える技術の開発・普及、⑥国際貢献による我が国のリーダーシップの発揮と戦略的パートナーシップの構築の分野横断的な6つを設定