気候変動適応計画

近年、気温の上昇、豪雨の増加及び強い台風の発生等の異常気象、熱中症やテング熱(ヒトスジシマカの北上)に代表される感染症の増加、海水温上昇によるサンゴの白化等生態系の異常、水稲の白未熟粒やみかんの浮皮症の発生等、気候変動によるさまざまな影響が起こり、既にそれらが顕在化し、今後、さらに長期にわたり深刻化することが懸念されています。

そこで、温室効果ガスの排出削減による緩和策とともに、気候変動の影響による被害を回避、軽減するための適応策が必要とされたことから、「気候変動適応法」が制定されました。地球規模の課題ではありますが、地域ではその現象を的確に把握・分析し、国全体で気候変動適応計画を策定する動きについて、環境省資料等を基にその概要をご紹介します。

 

1.気候変動適応法の制定 (平成30年 法律第50号)

(平成30年6月13日公布、平成30年12月1日施行)

〇気候変動適応計画の総合的な推進

国は、農林水産業、水環境・水資源、自然生態系、自然災害、健康、産業・経済活動、国民生活等の各分野において信頼できるきめ細やかな情報に基づく効果的な気候変動適応策を推進するために、「気候変動適応計画」を策定する。計画は、概ね5年毎に気候変動影響評価を行い、その結果等を勘案して改定する。

〇情報基盤の整備

気候変動適応に関する情報基盤の中核として、国立環境研究所を位置付ける。

〇地域の気候変動適応への強化

都道府県及び市町村の「気候変動適応計画」策定の努力義務化や、地域において適応の情報収集・提供等を行う拠点機能を担う体制として地域気候変動センターの確保、広域協議会を組織して国と地方公共団体が連携して地域での気候変動適応策を推進する。

 

2.気候変動適応計画の概要

〇気候変動適応計画の基本的方向

気候変動の影響による被害を防止・軽減し、国民の生活の安定、社会・経済の健全な発展、自然環境の保全をめざして安全・安心で持続可能な社会を形成する。

21世紀末までの長期的な展望を意識しつつ、今後概ね5年間における施策の基本的方向を示す。政府、地方公共団体、国民、事業者、情報基盤の役割を明確化する。

基本戦略は、

①農業・防災等のあらゆる関連施策に気候変動への適応を組み込む。

②観測・監視・予測・評価、調査研究、技術開発等あらゆる科学的知見に基づくものとする。

③研究機関の英知を集約した情報基盤を整備する。

④地域の実情に応じた地域計画の策定支援、広域協議会を活用する。

⑤影響モニタリング、ビジネスの国際展開等の活動により国民の理解を深める。

⑥アジア太平洋地域での情報基盤づくりにより途上国を支援する。

⑦気候変動適応推進会議により連携する。

 

〇7つの分野に分けた主な適応施策

① 農林水産業分野

項 目

課 題

施 策

水稲 〇高温による品質の低下

〇高温耐性品種への転換が進まない場合、全国的に一等米比率が低下する可能性

〇高温耐性品種の開発・普及

〇肥培管理、水管理等の基本技術の徹底

畜産 〇高温による乳用牛の乳量・乳成分・繁殖成績の低下

〇肉用牛、豚、肉用鶏の増体率の低下

〇高温・小雨等による飼料作物の夏枯れ虫害

〇畜舎内の散水、換気による暑熱対策の普及

〇栄養管理の適正化等生産性向上技術の開発

〇飼料作物の高温・少雨に適応した栽培体系・品種の確立

森林・林業 〇森林の有する山地災害防止機能の限界を超えた山腹崩壊等に伴う流木災害の発生

〇豪雨の発生頻度の増加により、山腹崩壊や土石流等の山地災害リスクが増加する可能性

〇降水量の福内地域でスギ人工林の生育が不適になる地域が増加する可能性

〇治山施設の設置や森林の整備等による産地災害の防止

〇気候変動の森林・林業への影響についての調査・研究

果樹 〇りんごやぶどうの着色不良、温州みかんの日焼け、日本なしの発芽不良等の発生

〇りんご、温州みかんの栽培適地が年次を追うごとに北上する可能性

〇りんごやぶどうでの優良着色系統や黄緑色系統の導入

〇温州みかんよりも温暖な気候を好む中晩柑(ブラッドオレンジ等)への転換

農業生産基盤 〇年降水量の変動幅が大きくなり、短期間に強く雨が降る傾向

〇田植え時期や用水管理等水需要に影響

〇農地の湛水被害等のリスクが増加する可能性

〇排水機場・排水路等の整備、ハザードマップの策定等、ハード・ソフト対策を組み合わせて農村地域の防災・減災機能の維持・向上
水産業 〇日本海でブリ、サワラ漁獲量の増加、スルメイカの減少

〇南方系魚種の増加、北方系魚種の減少

〇海洋の生産力が低下する可能性

〇産卵海域や主要漁場における海洋環境調査や資源量の把握・予測

〇高水温耐性を有する養殖品種の開発

 

② 自然災害分野

項 目

課 題

施 策

洪水・内水 〇洪水を起こしうる大雨が、日本の代表的な河川流域において今世紀には現在と比べて1~3割増加する可能性

〇施設の能力を上回る水害の頻発や発生頻度は低いが、施設の能力を大幅に上回る外力により極めて大規模な水害の発生が懸念される

〇堤防や洪水調節施設、下水道の着実な整備

〇まちづくり・地域づくりと連携した浸水軽減・氾濫拡大の抑制

〇各主体が連携した災害対応の体制等の整備

高潮・高波 〇中・長期的な海面水位の上昇により、海岸浸食が拡大

〇台風強度の増加等による高潮偏差の増大、波浪の強大化

〇高潮・高波により、海岸保全施設、港湾、漁港防波堤等への被害の可能性

〇港湾、海岸における粘り強い構造物や海岸防災林等の整備

〇気象・海象モニタリング、高潮・高波浸水予測等による影響評価

〇堤防等の技術開発、海岸浸食対策に係る新技術の開発

土石流・地滑り等 〇短時間強雨や大雨の増加に伴い、土砂災害の発生頻度の増加

〇突発的で局所的な大雨に伴う警戒避難のためのリードタイムが短い土砂災害の増加や、台風等による記録的な大雨に伴う深層崩壊の増加が懸念

〇人命を守る効果の高い箇所における重点的な施設整備

〇ハザードマップやタイムライン(時系列の行動計画)の作成支援

〇人工衛星等の活用による国土監視体制の強化

共通 〇将来の豪雨の頻発化等を見越してできるだけ手戻りのない施設の設計 〇設計段階で幅をもった降水量を想定し、基礎部分をあらかじめ増強する等、施設の増強が容易な構造形式の採用

 

③ 水環境・水資源分野

項 目

課 題

施 策

水供給

(地表水)

〇年間の降水の日数が減少、毎年のように取水が制限される渇水の発生

〇今後、渇水が頻発化、長期化、深刻化し、さらなる渇水被害が生じる可能性

〇農業分野では、高温による水稲の品質低下等への対応として田植え時期や用水管理の変更等の水資源の利用方法に影響

〇渇水リスクの評価、各主体への情報共有及び連携による渇水対策

〇渇水対応タイムライン(時系列の行動計画)作成促進

〇雨水・再生水利用の推進、渇水時の地下水利用と実態把握

 

④ 自然生態系分野

項 目

課 題

施 策

高山帯・亜高山帯 〇気温上昇や融雪時期の早期化等による植生や生成物の分布の変化

〇ハイマツは21世紀末に分布適地の変化や縮小の可能性

〇将来、融雪時期の早期化による高山植物個体群の消滅の可能性

〇高山帯等でのモニタリングの重点的実施

〇生物が移動・分散する経路の確保

亜熱帯 〇海水温の上昇等により、サンゴの白化現象が既に発現

〇太平洋房総半島以南と九州西岸のサンゴの分布が北上

〇将来、造礁サンゴの生育に適した海域が、水温上昇と海洋酸性化により2030年までに半減、2040年までには消滅する可能性

〇サンゴ礁等の重点的なモニタリングを行い、生態系ネットワークを形成

 

⑤ 健康分野

項 目

課 題

施 策

死亡リスク、熱中症 〇気温上昇による超過死亡の増加が既に発生

〇熱中症搬送者数は、21世紀半ばに一部地域を除き2倍以上となる可能性

〇気象情報の提供や注意喚起、予防・対処法の普及啓発

〇熱中症発生状況等に係る情報提供

感染症 〇テング熱等の感染症を媒介する蚊(ヒトスジシマカ)の生息域が東北地方北部まで拡大

〇節足動物媒介感染症のリスクを増加させる可能性

〇気温上昇と感染症の発生リスクに関する科学的知見の集積

〇継続的な定点観測、幼虫の発生源対策、成虫の駆除等の対策推進

 

⑥ 産業・経済活動分野

項 目

課 題

施 策

海外影響等 〇エネルギー輸入価格の変動、海外における企業の生産拠点への直接的・間接的な影響、海外における感染症感染者の増加に伴う移住・旅行等を通じた感染症拡大への影響に懸念 〇海外の気候変動影響が我が国の経済・社会状況に及ぼす影響についての調査研究

 

⑦ 国民生活・都市生活分野

項 目

課 題

施 策

水道・交通等 〇近年、記録的な豪雨による地下浸水、停電、地下鉄への影響、渇水や洪水、水質の悪化による水道インフラへの影響、豪雨や台風による切土斜面への影響を確認 〇水道の強靭化に向けた施設整備の推進

〇災害時でも安全な交通安全施設の整備

 

3.環境省気候変動適応計画策定マニュアルの概要

「気候変動適応法」に基づき、地方公共団体が地域気候変動適応計画を策定・変更する際に参考となる「地域気候変動適応計画策定マニュアル」が作成されています。

マニュアルは、入手可能な情報を使って地域適応計画を策定・変更する標準的な手順や参考となる情報・考え方等を提供することを目的として作業手順が示されています。その手順を以下に示します。

 

(地域気候変動適応計画策定手順)

<STEP 1>

地域気候変動適応計画策定・改定に向けた準備

〇気候変動への適応の方針や目標の検討・見直し

〇地域適応計画の形式の検討・見直し

〇計画期間の設定・見直し

〇基礎情報(地理的条件、社会経済状況等)の整理・更新

〇地域の気候・気象(気温や降水量等)の特徴の整理・更新

<STEP 2>

これまでの気候変動影響の整理

〇これまでに気候の変化や気象現象(高温、大雨等)によって生じたと考えられる影響の事例及び影響の原因となった気象現象を整理
<STEP 3>

将来の気候変動影響の整理

〇将来想定される気候変動影響の情報を収集・整理
<STEP 4>

影響評価の実施

〇各分野の気候変動影響について評価を実施し、地方公共団体において優先度の高い分野や項目を特定
<STEP 5>

既存施設の気候変動影響への対応力の整理

〇地方公共団体における優先度の高い気候変動影響を対象に、それぞれに関連する既存施策の情報を収集し、将来の影響に対する施策の対応力を整理
<STEP 6>

適応策の検討

STEP 5で「対応が必要」とされた気候変動影響に対して具体的な適応策の情報を収集し、今後の対応を検討
<STEP 7>

適応策の取りまとめと地域気候変動適応計画の策定

ATEP 1~6で整理した情報を取りまとめ、地域気候変動適応計画を策定
<STEP 8>

地域気候変動適応計画の進捗状況の確認

地域気候変動適応計画にとりまとめた適応策の実施状況を確認

 

4.地方公共団体における廃棄物・リサイクル分野の気候変動適応策ガイドラインの概要

廃棄物・リサイクル分野においても、市町村等が安全で安定的な廃棄物処理を継続していくために、気候変動の影響に対する適応策を講じていくことが必要です。

環境省では、「地域気候変動適応計画策定マニュアル」に沿って、地域の廃棄物・リサイクル分野における気候変動による影響を把握してその対策を検討する際に参考とする「地方公共団体における廃棄物・リサイクル分野の気候変動適応策ガイドライン」を令和元年12月に策定しています。適応計画は独立した計画とするほか、関連する一般廃棄物処理基本計画や災害廃棄物処理計画、廃棄物処理施設整備基本計画、長寿命化総合計画等にその内容を取り込むことが想定されます。ガイドラインをベースに想定される課題や施策の概要を示します。

 

(自然災害分野)

項 目

課 題

施 策

事業 〇地震や台風等の災害対策 〇廃棄物処理事業のBCP

〇近隣自治体等との協定等による連携体制構築

収集 〇豪雨等による収集・運搬システムへの影響 〇災害発生時の収集・運搬マニュアル整備

〇収集ルートの二重化事前想定

〇収集運搬車両の一時避難

処理・処分 〇台風、地震、津波、高潮及び河川氾濫等による処理施設設備被害のリスク

〇停電や水道等インフラ供給停止による処理施設運転停止

〇災害発生により長期間放置された有機物系廃棄物にハエや蚊が産卵し、発生源となる

〇処理システムの強靭化(廃棄物発電、非常用発電機による施設の自立起動、浸水防止対策、電源の分散化)

〇災害廃棄物の受入計画

〇発電設備付廃棄物処理施設の防災拠点化

〇最終処分場のクローズド化

 

(健康分野)

項 目

課 題

施 策

処理・処分 〇暑熱による作業従事者への熱中症のリスク

〇衛生動物(ハエ・蚊・ネズミ等)の分布可能域の変化による感染症感染のリスク

〇熱中症対策・研修

〇突き刺し防止手袋着用の徹底

〇関係団体との連携

 

(国民生活・都市生活分野)

項 目

課 題

施 策

収集 〇収集・運搬交通体制の混乱 〇廃棄物収集運搬に関連するインフラ設備へ影響検討

 

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